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National Golf Foundation College Textbooks
THE GOLF FUNDAMENTALS
-  ゴルフ経営原論  第一部 ゴルフビジネス  -
第四章-2 施設マネジメント
Section 6 コースメンテナンスのデジタルマネジメント化

バックヤードの作業は自然や植物を相手にした極めてアナログ的な労働である。芝刈・散水・施肥・管理など全てが最終的に人の手作業や労働によらなければならない。機械化しても労働を軽くするだけで作業そのものは人の手によるうえ、経験や技術を必要とする。
しかしアナログ作業を経験技術に依存している限り、いつまで経っても保守管理からマネジメント領域に踏み込むことができない。マネジメントの要諦は効率的なパフォーマンスの追及にあるからである。そのためには作業を標準化し、トレーニングによって誰もが短期間に効率よく経験技術を修得するシステムを構築しなければならないし、デジタルに作業を把握しなければならない。デジタルに把握するとは作業内容を数量・時間・金額などの数値によって表示し、標準・目標・差異を記録分析して能率改善に繋げることを意味している。単なる数値表示だけでは意味がない。コスト管理やパフォーマンスの追及に役立ってこそマネジメントに繋がるからである。

芝刈のデジタルマネジメント

コースにとって芝刈、特にグリーンモアは日常業務である。日常業務こそマンネリ化に陥らぬようマネジメントシステムを強化しておかなければならない。コースメンテナンスにとってグリーンの刈り込みと保守点検は命である。グリーンキーパーはその名の通りグリーンの保守管理に全責任を負う。それは極めて基本的で大切なことではあるが、グリーンキーパー一人の責任領域となっている場合には、コース経営の最重要部門がトータルマネジメントに繋がらない聖域として閉鎖的になることがある。
本来ならグリーンを刈るのに必要な標準時間、作業基準、作業手順、作業内容、点検事項、確認項目など全て全社的に周知されていなければならない。グリーンモアは時間との勝負である。夜明け前に作業が開始され、夜明けと同時にトップの組が快適なグリーンコンディションでプレーできるか否かバックヤードスタッフの作業手腕に掛かっている。
トップの組が6時にスタートすれば、6時には1、2、3番グリーンの整備は完了していなければならない。トップの組は6時40分には4番ホールに到着するから、その時点で4、5、6番グリーンの整備が完了していなければならない。7時20分に7番ホール、8時00分に10番ホールに到着して10時には18ホールを終了する。このように早朝から18ホールスループレーを受け付け、午前中に50組を送り出すにはバックヤードスタッフの手馴れた作業手順を必要とする。同時に18ホールのグリーン全てが同一基準に刈り込まれ、ホールカップがその日の設定箇所に切られていなければならない。グリーンスピードとホールカップの位置はスコアやプレー時間に大きく影響するから、プレーヤーの技量タイプを勘案したカスタマーサイドの配慮が必要である。
このようにグリーンモアの作業標準や整備基準は、幾通りものパターンが設定され、デジタル表示されて全スタッフに周知徹底されていなければマネジメントに繋がらない。コースのカスタマーはコースでゴルフゲームを楽しむために来場し相当の料金を支払うが、カスタマーが対価として受け取るものは何らかの顧客満足しかない。その大部分はその日のゲーム内容とスコアによって決まる。だから顧客満足はメンテナンスやコース設定に大きく依存している。
ラフの刈り込み不足によってロストボールを連発したり、グリーンスピードが速過ぎるうえ難しいポジションにカップが切られているためにスリーパット、フォーパットを繰り返せば、ほとんどの人はゴルフを止めたくなるか、そのコースが嫌いになる。顧客心理を配慮しない無神経なターフグラスマネジメントは情報データの不足から生まれる。例えば芝の長さとスコアの関係、ロストボールの発生率、平均パット数、ラウンド時間などデジタル情報をどれだけ把握しているかに関係する。
既にUSGAはコースレート査定のデジタル化に成功し、ターフグラスマネジメントによって各ホールの難度設定まで行えるようにした。デジタルマネジメントされていれば、カスタマーの技量レベルに合わせてコース設定を変えることができる。顧客が気持ち良くプレーし、良いスコアを出せば最高の顧客満足を提供したことになる。サービス商品の価値は顧客満足度によって決まる。

プレー時間のデジタルマネジメント

快適なプレーはワンラウンド4時間前後の時間で生まれる。ゴルフゲームにはリズムやハーモニーがあって、急いだり時間が掛かり過ぎると不快な気分が残り満足すべきスコアが出せない。殆んどのコースがスロープレーの原因をプレーヤー側に帰しているが、大部分はコース側にあることに気付いていない。
USGAコースレートシステムは各ホールの難度設定をスクラッチプレーヤーとボギープレーヤーに分けてデジタルマネジメントできるようにしてある。従ってコースレートマニュアルを参考にすれば、ボギープレーヤーが各ホール平均何打でプレーできるか予測できる。つまりUSGAマニュアルによればプレーヤーがスコアを崩す要因を10項目に分けてデジタル評価する仕組みなので、マニュアルに沿って難度査定してみれば、どこを手直しすると難度を下げて平均スコアを良くできるか分かるはずだ。
スコアを崩す要因とプレーが遅くなる要因は必ずしも同じではないが、共通する部分も多い。今日セルフプレーが主流になって、カート道路の敷設方法や電磁誘導の採用方法などに問題があるケースも多くなった。むしろ手引カートを導入した方が流れが良くなると思われるコースも多く見られ、プレー時間に関するデジタルマネジメントが不十分であることが考えられる。
メンテナンスとマネジメントは志向や姿勢が異なる。前者は保守管理的な現状維持姿勢であるのに対して、後者は運営活用的な改革改善姿勢である。つまりマネジメントとは経営資源の有効活用や経営改善によって生産性や付加価値の向上を狙ったパフォーマンスの追及に他ならない。つまりスロープレーという課題に対しても、プレーヤーに原因を求めるのではなくコースの運営に原因を求め、コース運営の改良改善によってコースパフォーマンスを高めようとすることである。
プレー時間が短縮されプレーの流れがスムーズになれば、当然の結果として平均スコアが良くなるはずである。プレー時間をマネジメントすることによって、大きな顧客満足を得るならばコースパフォーマンスは飛躍的に向上したことになる。同一経営資源がマネジメントパワーによって大幅に生産性を向上させたと考えられる。

作業内容のデジタルマネジメント

作業には誰でもできる単純作業から経験を要する熟練作業まである。しかし多くの現場に見られる傾向として単純作業も熟練作業もデジタル化されていない。例えば散水という極めて単純な作業に対して「いつ」「どれだけの量を」「何時間かけて」という具体的内容を把握していない現場が多い。「少し」「適当に」「たっぷりと」「まんべんなく」という抽象表現による指示が出されれば、専門知識のない現場スタッフは常に「適当に」散水するだろう。施肥も作業そのものは誰でもできる単純作業であるが、散水も施肥も芝草の健康や生命にかかわる重要な要因であり、コースの経営資源そのものの存続に係わっている。ケーキ屋の甘味、料理屋の旨味に匹敵する重要な要素を「適当」というアバウトな表現と理解に依存するに等しい。
デジタル化とは一言で表現すればアバウトな表現を排除することを意味する。散水についていえば、当該地域の年間降雨量に対して時期・時間・状況に合わせてグリーンには平均何トン、フェアウェイ・ラフには平均何トンの水を補給し、それぞれ湿度は通常何パーセントを維持して、上限下限の臨界点を超えれば全スタッフに対してデジタルに報告されるシステムである。このようなシステムをデジタルマネジメントという。
施肥に対してはさらに厳密にデジタル化しなければならないが、区域・場所ごとに年間平均A剤を何キロ、B剤を何キロ、C剤を何キロと規定し、状況によって時期・気象・状態に合わせて混合比を変更したり薬剤を追加したりする。施肥も芝草一本一本に対して均等に養分補給するためにサイクロンや機械を使った均等撒布が求められ、手作業による場合も条件が守られなければならない。
肥料や薬剤の場合には定量を守らないとたちまち芝草の健康状態に異常をきたし、発見が遅れれば死滅消滅もありうる。芝草が自然の生物であることを考えれば、メンテナンスは健康管理そのものであり現代医療と同様にデータ分析によるデジタルマネジメントの必要性が理解できよう。

デジタルマネジメントの意義と限界

経営にしろ芝草にしろデジタルにマネジメントする意義は、経験技術に頼らなくても誰もが容易に標準作業を実行し、現状を観察し、異常に対処できることにある。ドラッカーの言葉を借りればシステムとは「平凡な人に非凡なことをさせる仕組」と定義付けられるから、スタッフひとり一人のパフォーマンスを引き出し、経営全体に大きなパワーをつけることを意味する。
ビジネスやプロの仕事は結果を出さなければならない。その結果は金額や数値という非情ともいえるデジタルデータで表わされプロセスは問われない。いや、むしろプロセスは時系列データとしてデジタルに報告される。データは刻々と変化する状況を数値で表わし、マネジメントを科学的・合理的に進めるうえで卓越した威力がある。しかしデジタルマネジメントは人間性を疎外した非情なものであることが指摘され、人間をデジタル管理するものとして批判する人もいる。マズローのように人は常に自己実現を求めて成長すると考える人もいれば、日常作業は管理しなければマンネリ化して、怠惰と怠慢の温床になると考える人もいる。
残念ながら現実は後者の考えが現場を支配している。そこで作業といわれる業務はデジタルに、仕事といわれる業務はクリエイティブにマネジメントするならば、ヒューマンパフォーマンスを高く評価するマズローの理論は急速に現実味を帯びてくるだろう。