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National Golf Foundation College Textbooks
THE GOLF FUNDAMENTALS
-  ゴルフ基礎原論  第一部 ゴルフゲーム  -
第五章 サイエンス  INTRODUCTION
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1968年大英ゴルフ学会から「Search for the Perfect Swing」が発表され本格的にゴルフの科学的探究が始まった。もしゴルフ愛好家のアンスレイ卿が莫大な研究資金を提供していなかったら、果たしてゴルフの科学的探究は何処まで進展したか甚だ疑問に思うところである。ゴルフは誰の目にもボールを打って飛ばす身体運動であるから、多くの人はスイングが全てと考えて練習し研究してきた。世に出るゴルフに関する書物の80%以上はスイングに関するもので、僅か2秒足らずの身体運動に、よくこれだけ多くのことが書けるものと感心させられる。書くだけではない。酒を飲み交わしながらスイングについて語り合えば夜が更けるのを忘れて朝を迎えかねないところを見ると、よほど万人にとって興味尽きぬテーマなのであろう。

「ゴルフはスイングが全てである」という考えに基づく研究分野をフィジカルサイエンスとするならば、この分野には数限りない業績、文献、研究、理論がある。身近にあるところでも「Ben Hogan`s Five Lessons 1957」「Tommy Armour`s ABC`s of Golf 1967」「The Golfing Machine by Homer Kelly 1969」「How to Become a Complete Golfer by Bob Toski & Jim Flick 1984」「The Inside move the Outside by Michael Hebron PGA」など著名な人たちによって書かれた名著が並ぶ。しかし1976年オレゴン大学院で「Search for the Perfect Swing」を研究して博士号を取得したゲーリー・ワイレンが「法則・原理・選択性の理論」を発表してからは、これらの名著理論も全て選択肢のひとつに数えられるに過ぎなくなった。本書第二章で詳しく書いたが、スイングの変遷はクラブの進化とともにあったから、多くのスイング論はその時代のもの、その個人のものとして伝説の世界に入ってしまったのである。
達人や名人の技をこと細かに分析解説されても、その人たちが生涯をかけて磨き上げた技術は到底凡人の及ぶところではなく、伝説や伝記としてのみ興味尽きぬものになった。例えばベン・ホーガンのスイングはいつ見ても素晴らしいの一言に尽きるが、いくら本を読んでも映像を見ても、自分のスイングがベン・ホーガンのようになる訳ではない。ましてやベン・ホーガンのような正確な豪球を打てるはずがない。雑誌や新聞を含め、どれほど多くのスイング論が展開されたか分らないが、それらは全て達人や名人のスイングを分析して解説したもので、どうすればそのようなスイングができるか方法論を提示したものはひとつもないはずである。多くの人たちがその事に気付いていながら、PGAマガジンにゲーリー・ワイレンの理論が発表されるまで、達人や名人の技に異論を挟むこともできず、憧憬と羨望の眼を持って眺め続けてきた。更に困ったことに、ベン・ホーガンの次にジャック・ニクラスを読めば、やはりそうかと考えが変わるから、学べば学ぶほど混迷の度合いは深まるばかりである。
そのような世界をゲーリー・ワイレンは自らの博士論文「法則・原理・選択性の理論」を以って一刀両断した。つまり個人の選択に委ねるべき問題を、普遍的な法則や原理と混同してならないといったのである。この論文は百家争鳴の世界を黙らせただけでなく、米国ゴルフ界にイノベーションの火を点けた点においても高く評価される。動機をつくったアンスレイ卿自身にはイノベーションを起こそうなどという野心は毛頭なく、オーストラリアからイギリスに移民して事業に成功した後、慈善事業に寄付して保守的な英国上流社会の仲間入りをしたかったのが本音のようである。目的はともあれ、好きなゴルフの世界に大きな功績を残すことになったが、皮肉なことにそれを評価したのは英国ゴルフ界ではなく米国ゴルフ界だった。

大英ゴルフ学会から研究成果が発表された後、1970年代に入って米国ゴルフ界で本格的なゴルフの科学的探究は始まったが、保守的な英国ゴルフ界ではどうやら科学に余り関心を持たなかったようだ。詳しい背景は分らないが研究成果の「Search for the Perfect Swing」は米国の出版社から出版されており、増刷版には米国人のゲーリー・ワイレンやデーブ・ペルツが推薦文を寄せている。35項目の主題と3項目の補足はスイングメカニズムや弾道に関する物理現象の研究で、米国人には目を見張る研究も英国人とりわけスコットランド人にはバカバカしい限りであったのかもしれない。スコットランドの荒々しい大自然と闘う伝統精神ゴルフの立場からすれば、法則原理だの科学だのという人間のこざかしい知恵や理屈は笑止千万に映るだろう。しかし宗教改革、社会革命、産業革命を体験してきた欧州ゴルフ界が、いつまでも科学的イノベーションに背を向けているとは思えない。
スコットランドを発祥地とするゴルフはいまや全世界に広まり、21世紀はアジア太平洋地域に中心舞台が移るだろうと予測されている。世界の人たちが生活や人生の中にゴルフを導入するとき、益々以って科学のメスを入れようとすることは目に見えている。科学のメスとは生体物理の領域に留まらず、心理や精神、統計や確率、文化や教養、生活や環境など広い範囲に及ぶだろう。メディアの発達とIT社会の到来は、既存のイデオロギーや社会体制を超越して、ゴルフを世界の人たちの生活文化や交流手段にするかもしれない。もはやゴルフからサイエンスを切り離すことは不可能である。
本章ではフィジカルサイエンス、メンタルサイエンス、ロジカルサイエンス、テクニカルサイエンスの領域に触れ、その効用と限界について考えてみたい。



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