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ゴルフ再生への道 2-11 IT時代の教育改革

ピーター・ドラッカーはIT時代の到来が教育に劇的な変革をもたらすだろうと考えていた。21世紀になってその兆候が確実に現れてきた。具体的にはeラーニングシステムの出現である。マサチュセッツ工科大学から始まったオープンコースウェアという全授業の無料ネット公開は大学教育に革命的変化をもたらそうとしている。従来、大学の授業を受けるには入学試験に合格し授業に出席しなければならなかった。ところが今やインターネットの操作が分かれば誰もが世界のどこからでも授業に出席できるようになり、全国の大学は存亡をかけて大混乱している。

 

学生側からすれば勉強する気さえあれば、世界の如何なる僻地からも格差社会のどん底からも無料オンデマンドで授業に出席できる有難い時代が到来した。経済格差が教育格差を生み、教育格差が更なる経済格差を生む負のスパイラル構造に革命的変化がもたらされたのだ。この時代変化と社会変化の中で日本のゴルフ教育改革を進めるならば、30年の遅れは一気に取り戻すことができる。大切なのは学生側の自覚と認識の問題だ。「何で勉強するの?」「何を勉強するの?」と言われたら如何に環境整備しても変革も改革も起きない。ここに教育改革最大の課題が横たわっている。

 

「何で勉強するのか」「何を勉強するのか」という自覚と認識の問題は、目標や課題が掲げられたとき、現状のままでは到底達成できないことが認識されて初めて答えが見えてくる。良い学校に進学しようという目標がなければ誰も真剣に勉強しないし、全国大会に出場しようという目標がなければ誰も汗水たらして過酷な練習はしない。ゴルフだって世界に通用するゴルファーになりたいとか競技会に出場したいという目標がなければ、勉強する必要もなければ熱心に練習する気にはなれない。目標こそ動機付けに必要な条件だ。

 

日本のゴルフ再生にとって格好の目標ができた。2020 TOKYO OLYMPICだ。東京オリンピックを成功させるには日本のゴルフを世界に通用するゴルフに変えなければならないし、世界に通用する多くのゴルファーが育たなければならない。何で勉強するのか。ゴルフの文化や伝統を知るために。何を勉強するのか。英国伝統精神ゴルフや米国科学技術ゴルフを。東京オリンピックを目標に全国草の根ゴルファーがeラーニングによって正統ゴルフを学びだしたとき、一度は摘まれた教育の芽が全国に芽吹き、やがては燎原の火の如く全国に燃え広がることになるだろう。やがて教育改革が大衆ゴルファーの間に起こり、東京オリンピックは国民ゴルファーによって成功裏に終わる。オリンピックが終わった後には堅固なゴルフ再生基盤が築かれているだろう。

 

ゴルフ再生への道 2-08 教育格差によるゴルフ産業低迷

「祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり」で始まる平家物語は既に800年前に既得権やブームにあぐらを掻く者はいつか必ず滅亡することを告げている。

20数年前、世界一を誇った日本のゴルフ産業は鎖国体制に護られて既得権益を形成し、世界に学ぶことを放棄した。つまり文部省は認定団体や関連団体に「外国技術ノウハウの導入禁止」なる通達を発布し、護送船団を組織して徹底的に既得権益を保護した。その頃米国では着々とイノベーションの成果が出始め、米国型科学技術ゴルフが完成しつつあったが、鎖国体制に入った日本のゴルフ界は最先端技術や最新情報の導入を頑強に拒んだ。その間米国カナダ豪州では教育制度が充実し、多くの人材を輩出して新たな繁栄を築いたのである。

 

この30年間で日米の間に生まれた教育格差は衰退と繁栄という正反対の結果をもたらした。衰退も繁栄も全ては人のなせる業だから人材なくして再生も復活もありえない。日本のゴルフ再生を目指すには、まず教育格差を埋める作業から開始しなければ人材そのものが得られない。情報鎖国によって教育基盤形成を怠った空白の30年で失ったものは余りにも大きく、経済産業省が警告する日本ゴルフ産業が崩壊する2030年までに適切に対応しないと警告が現実になる。残された15年で私たちは何ができるのか。教育格差によって生じた経済格差は教育改革によって再生する道しかないことは自明の理だ。

 

日本のゴルファーやゴルフ界の人に「勉強しなさい」と言うと殆どの人がキョトンとした顔をして「何を勉強するんですか?」と問い返す。教育不毛というのは教育不要と同じ意味を持っているようで、教育を受けていない人は教育を受ける必要を感じていない。だから教育振興のために教育不毛地でボランティア活動している人は、どうしたら現地の人たちが教育現場に来てくれるか考えるのに苦労するという。子供にはお菓子を上げたり遊んであげたり、大人には珍しい物を上げたりご馳走したりして少しづつ勉強に対する興味を持たせなければならないそうだ。

 

教育不毛地に教育の種を蒔くということは、教育を受けたら何か褒美をくれることから始めなければならないらしい。だから先進国は教育費を無料にするだけではなく国民の義務として強制することになったのだろう。本来人間は勉強するものではなく、勉強しないものとして対応しなければ教育は普及しない。公務員も軍人も昇進試験や昇給テストを課して勉強させているが、何のことはない人間もサーカスの動物たちと同じ「アメとムチの原理」によって芸を仕込まれていたのである。この原理は永久不滅の法則かもしれない。

 

ゴルフ再生への道 2-01 教育格差と経済格差

明治維新によって240年間続いた士農工商の身分格差がなくなり四民平等社会が実現したばかりの明治5年に『学問のすすめ』を著した福沢諭吉は、この本がたちまち70万冊も刊行されたことに自身驚きの声を発している。当時の人口は3,500万人だから実に160人に一人が読んだことになり、現在の人口に換算すると約3.5倍の250万部の大ベストセラーを生んだことになる。「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずと言えり」で始まる『学問のすすめ』は第1章でいきなり「人は生まれながらにして貴賎貧富の別なし。ただ学問を勤めて物事を良く知るものは貴人となり富人となり、無学なる者は貧人となり下人となるなり」と教育格差こそ身分格差や経済格差の元凶だと言い放った。

 

最近、尾木ママがテレビで「今の日本の教育で重大な問題点は、進学にお金が掛かり過ぎるために経済格差が教育格差を生み、教育格差が更なる経済格差を生む負のスパイラルに歯止めが掛からないことだ」と深刻に語っていた。まさに140年前に福沢諭吉が指摘したことと表裏の現象が、今の日本社会に進行しつつあるというのだが、更に悪いことは教育そのものよりも受験テクニックを学ぶ受験勉強に莫大なお金が掛かることだという。実社会で何の役にも立たない受験テクニックだけに秀でた高学歴者で構成される格差社会は社会のリーダーもエリートも生まないばかりか、一端この格差社会に入りそこなったら二度と這い上がれない泥沼社会に転落することでもあるいう。

 

いま世界はグローバルに教育格差と経済格差をなくす方向に進んでいる。インターネットによる情報通信革命が安価なオンデマンド学習を可能にし、マサチュセッツ工科大学から始まったオープンコースウェアと称する全講義をネット上に無料公開するシステムが世界中に広がり教育環境を根底から覆している。世界の如何なる僻地からも、格差社会のどん底からも本人の意思と覚悟があれば世界最高の教育が受けられる時代が始まった。福沢諭吉が説いた『学問のすすめ』はいま世界規模で展開されているのだ。日本という極東島国の常識に捉われて世界の動向を見ないものは、自らを世界格差のどん底に追いやることになる。

 

ピーター・ドラッカーは「IT革命の成果は何よりも教育システムの変革に強く現れる」と断言して世を去った。なるほど「インターネットは学習の高速道路」といわれるほど学習方法を革命的に変えている。安価なパソコンやタブレットを使ってアクセスすれば、地位・身分・格差を問われることなく誰でも僅か1秒足らずで情報の山や知識の宝庫に入ることができる。いまや誰かが教えてくれるのを待っている時代ではない。自分から無料高速道路を飛ばして世界に学びにいく時代なのだ。